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【サッカー指導論#4】「答え」を言うのは悪?「考えさせる」ことが全て善なのか?

こんにちは。たか兄です。

前回の更新から空いてしまって申し訳ないです。

今回はお馴染みのサッカーの話題で、「答えを言う指導と、考えさせる指導」について一緒に考えていけたらと思います。

そもそも今回このようなテーマにしようと思ったきっかけは、ヤフーのとある記事がきっかけです。

元日本代表選手で、現川崎フロンターレ所属の中村憲剛選手へのインタビュー記事なのですが、そこで中村選手が「大人が命令するのではなく、子供が考えて答えを導くようなコーチングが大切だ」と話しています。

実際の現場でもそうするように、JFAの指導者講習会で習います。

しかしそれが全てでしょうか?

僕は日本代表としても活躍をし、川崎フロンターレを長い間引っ張ってきた中村選手の声だからと言って、全て鵜呑みにするのは危険だと思います。

その理由を今回は詳しく紹介しつつ、「正しい指導法」について考えていきたいと思います。

記事のリンクを張っておくので、ぜひ時間があるときに読んでみてください。👇

中村選手のインタビューの中身


中村選手が主催するサッカークリニックで、コーチとして小学生にサッカーを教えた経験を元に、ご自身のコーチング観を語っておられます。

内容を要約して箇条書きでまとめると…👇

・自分の命令通りに動かす指導者もいるが、それでは子供のためにならない
・小学生年代では型にはめずに、「考える力」が身に付くようなコーチングを心掛けるべき
・「やれ」ではなく見守る。答えではなくヒントを与える。子供の自主性を信じる。
・サッカーだけをやるのではなく、文武両道が基本
・声かけで選手の意識が変われば、プレーの質も上がる
・自分の置かれている現状の中で、今自分に何ができて、何ができないのかを分析してその組織の中で重宝されるために自分が何をすべきかを考えることが大事

一言でまとめると、「組織の中で自分の色を出せるような個性を持ちつつ、チームの中で自分を活かすための思考力を持った選手を育てるには、命令するのではなく、考えられるような指導の仕方をするべきだ」ということになります。

僕も記事を読んで多いに共感しました。

実際にC級の指導者講習会でも「答えを言うのではなく、子供たちが答えを導けるようなコーチングをするように」と習いました。

答えを言ってしまうと子供は、どうしても答え待ちになってしまい、自分で考えることを止めてしまいます。

正しいと思います。

「サイドチェンジをしろ!」「そこはパスだろ!」「シュートを撃て!」

怒りに任せて言うのは簡単です。

しかしそこで、「今空いているスペースはどこだった?」とか「周りにフリーな選手はいなかったか?」などの問いかけにすれば、自分の頭で考えて、自分なりの答えを出そうとするでしょう。

しかし、全てにおいて考えさせることが「善」だとは僕は思いません。

子供が考えるには、考えるための「指標」がないといけないと僕は思っています。

足し算引き算ができないで、文章題の問題が解けるかって話です。

つまり指導者がどんなに「考えろ!」「ここはどうするべきだった?」と選手に問うても、答えを導くための基準を持っていないと答えようがないということです。

実体験を交えた「答えを教える」指導論の必要性


分かりやすいように例を出しましょう。

普段から選手にしつこいほど「考える」ことを求めるくせに、どうするべきかの「答え」をうやむやにしている監督が試合当日、試合に臨むにあたって、選手の配置を決めるだけ決めて、ほぼ選手に丸投げ状態にしたとします。

配置は4-3-3。中盤は逆三角形。

試合中、右サイドバックの選手がボールを持ったときに、フリーだと思って出した右インサイドハーフへの選手へのパスがカットされてしまいました。

監督は選手に問います。

「他に空いているところはなかった?どうするべきだった?」と。

しかし選手と、もし僕がその場にいたらこう思います。

「あなた普段『どうするべき』か、なんて教えてないでしょ」と。

右サイドバックの選手がボールを持ったら周りがどう動いて、どこにパスを出すのが最優先なのか、練習から準備をして役割を明確化するのが監督の役割です。

「右サイドバックがボールを持ったら、右インサイドハーフと右ウイングでパスコースを2つ作るような三角形を作る。パスを受ける2人もスペースで受けられるようなポジショニングを意識しよう。もし2つとも塞がれていたら、センターバックかキーパーに下げても構わない。うちはしっかりショートパスでビルドアップをするチームだからな」

と、練習で選手に具体的な指示を出してしかるべきです。

明確な役割を貰った選手は頭の中がクリアになって、自分のやるべきことがはっきりしますし、ミスをしたときもなぜうまくいかなかったのか、「指標」が監督から与えられていますから、自分でどうするべきだったかを反省できるというわけです。

遠まわりになりましたが、つまり、考えさせることも必要だが、その前の段階で「ここではこう」という風に選手に具体的な「答え」を提示する必要があるというわけです。

これは実体験でもあります。

高校時代の監督がまさに典型的な「言うだけ言ってろくな指導をしない」監督でした。

僕は当時サイドバックの選手でしたが、裏を取られる癖があり、何度も監督から「裏を取られるな!」と言われ続けました。

具体的な解決策も答えも何も提示されずに。

そのまま冬の選手権予選の初戦を迎え、僕は先発で試合に出ましたが、前半終了間際に裏を取られ、それが直接失点に繋がってしまい、直後のハーフタイムで懲罰交代を食らってしまいました。

もちろん僕の力不足でもあります。

もう少し足が速ければ、もう少し早くウイングの選手の存在に気付いていれば…

当時はただ自分のせいで失点して、試合にも敗れてしまったことで、自分を責めることしかできませんでした。

しかし今自分が指導者になって、本当の問題が自分ではなく、指導者にあったことが分かりました。

裏を取られないようにするにはどうしたらいいのか。

「少し下がり目にポジションをとる」「キーパーに後ろのスペースを埋めてもらう」「中盤から前の選手に、裏にボールを蹴らせないようなコースの切り方をしてもらう」

方法はいくらでもあったと思います。

しかし、何一つ監督は教えてくれませんでした。

監督はよく口癖で「これも勉強だ!考えろ!」と厳しい口調で選手に投げかけていました。

けれど、彼がピッチで監督らしい仕事をしていたところを一度も見たことはありません。

おっと、これではただの監督への愚痴になってしまいますね。(笑)

とにかく選手に考えさせるだけ考えさせて、監督が何も知らない、何もしないのは悪、そして選手の自主性に任せるというのは聞こえはいいですが、答えを導くための手がかりを教える過程をしっかり踏むことが大切だと僕は声を大にして言いたいわけです。

中村選手は「型にはめるのは良くない」とおっしゃっていますが、型がないとサッカーの体を成しません。

選手個々が考えた答えが結集しても、カオスしか生まれないと思っています。

秩序を与える、つまり「答え」や「型」を練習の時点で選手に落とし込むことが非常に大切だと僕は考えます。

あ、中村選手はもちろんリスペクトしていますよ。大好きです。

アンチでもなんでもないので、悪しからず。(笑)

まとめ:考えさせるには「答え」が必要


かなり遠まわりになってしまいましたね。(笑)

僕の実体験はどうでもいいです。

中村選手の言う「試合の中で解決策を導くための思考力を付けるためのコーチング」は必要不可欠です。

しかしそれは常に、「監督の怠慢」「監督の無策・無知」と表裏一体です。

「ああやれこうやれ」は選手の自主性を奪ってしまうことは確かですが、「何か新しいことを教える」「チームを作る」という過程では必要だと思います。

もちろん命令形ではダメです。

「~しろ」ではなく「~というシチュエーションでは~する」と断定します。

中村選手の言葉やJFAの指導論を額面通りに受け取って、ただ選手にだけ「考える」ことを求めることは間違っていると思います。

今回はこれが伝えたかった。満足。(笑)

もちろんあくまで僕の意見なので、みなさんの意見もぶつけてもらえると嬉しいです。

その前にこのサイトのPVを増やせるように僕が頑張らなくては、ですね。(笑)

もっと多くの人の目に入るように、これからも定期的に「サッカー指導論」は更新していきますので、引き続き読んでいただけたら幸いです。

それでは!

http://anisaka.com/soccer-running-neccessary

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